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名古屋地方裁判所 昭和51年(ワ)213号 判決 1983年2月18日

原告

綱島彰

右訴訟代理人

田島好博

佐治良三

後藤武夫

太田耕治

被告

藤本英雄

右訴訟代理人

高野篤信

滝博昭

石上日出男

青木重臣

主文

一  被告は、東海圧延鋼業株式会社に対し、金九四三二万七〇二五円及びこれに対する昭和五一年二月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、東海圧延鋼業株式会社に対し、金二億五四七二万一五五八円及びこれに対する昭和五一年二月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外東海圧延株式会社(以下、東海圧延という。)は、昭和四一年九月二〇日設立され、資本金五〇〇〇万円、鋼材の圧延並びに販売を営業目的とする株式会社であるところ、原告は、昭和四二年四月一一日より、同社の株式三万株を保有する株主である。

2  被告は、昭和四七年当時、東海圧延の代表取締役であるとともに、昭和四五年七月ころ、訴外新東鋼業株式会社(以下、新東鋼業という。)の全株式を取得し、昭和四七年一〇月には、同社の代表取締役に就任した。

3  被告は、東海圧延の代表取締役の地位を利用して、同人が代表取締役であり、かつ、その全株式を保有している新東鋼業に対して、昭和四七年七月一日から昭和四九年六月三〇日までの間(以下、本件取引期間という。)、東海圧延の製品である丸棒を販売した。

右取引は、商法二六五条に規定する自己取引に該当する。

<以下、省略>

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因2、3及び抗弁1について

1  東海圧延が、本件取引期間中、新東鋼業に対し丸棒を販売していたことは当事者間に争いがないところ、<証拠>によれば、被告は、東海圧延が昭和四一年九月二〇日に設立されて二年程経過した時期に同社の代表取締役に就任し、今日までその地位にあること(なお、昭和四七年当時、被告が、同社の代表取締役であつたことは当事者間に争いがない。)、新東鋼業はもと株式会社山庄製陶所といい、万古焼の販売を業として、山本悦雄一族が経営していたが、昭和四五年ころ、被告が同社の全株式を取得したこと、同年七月ころ、同社は、新東鋼業と商号変更し、会社の目的も鋼材の加工及び販売と変更して、東海圧延と取引を開始したが、代表取締役は引き続き、右山本悦雄が務めていたこと、昭和四七年一〇月二日、東海圧延の取締役会において、被告が新東鋼業の代表取締役に就任すること及び同社との間に従来通りの商取引を継続していくことが承認されたこと、これに従い被告は同月一七日、新東鋼業の代表取締役に就任したことがそれぞれ認められる。

2  右の認定によれば、東海圧延と新東鋼業の取引のうち、被告が新東鋼業の代表取締役に就任した昭和四七年一〇月一七日以降の取引は商法二六五条にいう自己取引に該当する。そこで、同年七月一日から同年一〇月一六日の間の取引であるが、この時期被告は既に新東鋼業の全株式を保有しており、代表者こそ前記山本悦雄であつたものの、新東鋼業の営業上の損益からくる経済上の結果はそのまま株主である被告個人に直結する関係にあつたのであるから、被告は自己の計算において東海圧延と丸棒の取引をしたものと評価すべく、従つて、両会社の右期間の取引もやはり商法二六五条の自己取引に該当すると解すべきである。ただ、同年一〇月一七日以降の自己取引については、先に認定のとおり東海圧延の取締役会の承認をうけているので、この期間分の取引について被告には同条違反の行為はない(但し、この承認が、本件における被告の責任の有無に関し意味のないことについては後記のとおりである)。

三請求原因4について

1 商法二六五条にいう自己取引をした場合は、たとえ、取締役会の承認を得ても、対価の不当などの理由により会社に損害を与えた場合は、当該取締役はその損害を賠償すべく、また、取締役会の承認のない場合(本件取引期間のうち昭和四七年七月一日から同年一〇月一六日までの取引がこれに該当する。)は、法令違反の行為として、取締役が前同様の理由で会社に損害を与えれば、やはりその賠償責任がある。

即ち、取締役が自己取引により会社に損害を与えたときは、取締役会の承認を得た場合でも無過失責任を負うべきものであり(同法二六六条一項四号)、一方、その承認のない場合の取引は同法二六六条一項五号に触れ、承認のある場合との均衡からしてやはり無過失責任であると解すべきものである。同条一項五号は取締役の会社に対する各種債務不履行責任のみを集約した規定であるとする合理的根拠はなく、右のような無過失責任を生ずる場合も含むものである。とすると、取締会の右承認は対取締役の関係ではその責任の免除に関し、その要件を緩和するにすぎず、その意味では、本件における被告の抗弁はそれ自体失当ということになる。そこで、以下不当廉売の有無について検討する。

2  新東鋼業への廉価販売の有無について

(一)  <証拠>によれば、東海圧延からその主要取引先である訴外七社への各種丸棒の販売価格の月別の平均単価と、新東鋼業への販売価格の月別平均単価を比較すると本件取引期間中の二年間については全体的に新東鋼業の月別販売平均単価の方が訴外七社のそれよりも低いことが認められる。即ち、右二か年を通し、東海圧延が訴外七社のうち少なくとも一社と取引があるとともに、新東鋼業とも取引のある月において比較すると、丸棒のうち九φ(ファイ、直径ミリメートルの意味)の丸棒については、両者ともに取引のある月は一七か月あるが、そのうち、新東鋼業への販売平均単価の方が訴外七社のそれよりも高いのは二か月のみであり、一三φの丸棒のそれは二二か月のうち一か月のみ、異形の一三φの丸棒のそれは一八か月のうち二か月であり、異形の一〇φの丸棒は一一か月、構造用の九φと一三φの各丸棒は各三か月、それぞれ両者ともに取引のある月があるが、いずれも新東鋼業への月別販売平均単価の方が訴外七社に対するそれを下回つている。

(二)  また、<証拠>によれば、新東鋼業の取引先の一つである訴外川鉄商事株式会社に対する販売価格と、東海圧延の訴外七社に対する販売価格はほぼ同額であり、右川鉄商事に対し、新東鋼業は殆んど全期間を通じて一〇パーセント前後の価格を上乗せして転売していることが認められるところ、右各事実から推察すると、東海圧延は直接取引をしている訴外七社に対する販売価格に比べ、新東鋼業に対する販売価格については、同社の経営を維持するための費用分及びその利益相当分の値引きをしていたものと推認できる。

(三)  右(一)(二)の事実を総合すれば、東海圧延は、本件取引期間中、その主要取引先である訴外七社に比べ、新東鋼業に対しては継続的に廉価販売をしていたと認めるに十分である。

3  右廉価販売における被告の関与

(一)  <証拠>によれば、本件取引期間当時、東海圧延の具体的な販売価格を決定していたのは業務担当部長の多賀義純であり、新東鋼業のそれを決定していたのは同社取締役の芹生元一であつて、被告は、日々の具体的な販売価格決定には直接には関与していなかったことが認められる。しかし、被告は、当時東海圧延の代表取締役の地位にあつたのであるから、当然、東海圧延の新東鋼業に対する販売価格を把握しているべきであり、右多賀が新東鋼業に対し、丸棒を不合理に安価な価格で販売しないように監督防止することのできた立場にあつたものである。しかも、<証拠>によると、右多賀は新東鋼業及びその販売先である訴外東陽鋼材株式会社、同三東鋼材株式会社、同日清鋼業株式会社の各取締役を兼任していたことが認められることからすると、一層監督監視を強めるべきであつた。しかるに、右東海圧延が新東鋼業に対し、継続的に安価に丸棒を販売していたことに対し、本件全証拠によるも、被告が右多賀に対し、右廉売行為を是正させようとした事実を認めることはできず、逆に、長期にわたつてこれを放置してきた事実からすれば、被告は、それを意図的に容認していたと認めることができる。そして、特定の取引先のみに対する継続的な廉価販売の容認は、それを止むをえないとする格別の事情のない限り、取締役がその職責を尽さない不当なものであると結論せざるをえない。

四抗弁2(廉価販売の合理性)について

この点につき、被告はかりに廉価販売があつたとしても、これには経営上の合理的理由がある旨抗弁するので、次にこの点につき検討する。

1  被告は、東海圧延の販路拡大のため、新たな取引先に丸棒を直売したところ、従来の商社からクレームがついたので、新東鋼業を系列化して販売の拡充をはかつているものであり、仮に、新東鋼業に対し廉価販売の事実があつたとしても、それは同社の維持経費のため販売価格が訴外七社のそれに比べ低廉になつているに過ぎず、本件廉価販売には合理性がある旨主張し、その本人尋問において、東海圧延においては、販売の拡大を計るため新たな商社とも取引を開始することとしたこと、しかしながら、同社には指定問屋制があり、従前来特定商社にのみ丸棒を販売していたこと、そのため、従来の商社の既得権との関係で東海圧延の直売をやめ、新東鋼業を通して販売することにしたこと、新東鋼業も東海圧延もいずれも被告の支配する会社ということで従来の商社から右販売が認められた旨それぞれ供述する。

(一)  しかし、右被告本人尋問の結果によれば、東海圧延は、販売先の注文により生産しているわけではなく、需要を見越して自己の生産能力に応し適宜製品を製造し、これを販売していたこと、在庫が増加しても、従来の商社がすべて購入するわけではなく、他の取引先にも事実上は販売は可能であつたこと、従来の商社は、東海圧延が新東鋼業へ丸棒を販売するに際して、その販売数量、単価などについて一切条件をつけていないことなどが窺われ、右指定問屋制または従来の商社の既得権といつても東海圧延に対するその権利の内容は具体的には全く不明であり、被告自身も、それが商道徳上のものに過ぎないことを自認していることが認められる一方、<証拠>によれば、従来、東海圧延が直売していた川鉄商事、日商岩井、岡谷鋼機の取引先三社が、昭和四八年二月には新東鋼業を経由する取引に振替えられていることが認められ、右事実によれば、被告のいう従来の商社の拘束力がどれほどのものであるかはなはだあいまいであり、また、東海圧延の直売は認められないが、新東鋼業は東海圧延とともに被告の支配する会社であるから許されるというのも商社の既得権との関係では合理性のある理由ともにわかに認めることはできない。加えて、<証拠>によると、本件取引期間中の東海圧延の総売上量は、昭和四八年一一月に一時的に増加した以外に、これといつて伸びていない事実が認められるところである。

(二) 更に、新東鋼業の実態について考えてみるに、前記二1で認定した通り、同社は、昭和四五年ころ、被告が全株式を取得した会社であり、同社が利益を挙げても被告個人が利得するのみであり、本件全証拠によつても、東海圧延にその利益が還元される何んらかの方策が講じられていたとは認められないところである。そして、<証拠>によれば、新東鋼業は、主に東海圧延から仕入れた丸棒を、取引先に転売することを業とするが、昭和四七年当時、従業員は、被告を除くと販売責任者である取締役芹生と女子事務員二人のみであり、名古屋市内に事務所を構えていたこと、丸棒の運搬は東海圧延かその注文先の業者が行ない新東鋼業は運搬に従事していなかつたこと、このように比較的小規模な事業会社でありながら、本件取引期間内の同社の荒利益は二億八二四二万七九九三円に及び、その後同社は、被告が経営している熊本県内のゴルフ場に一億円の投資をして、株主になつていることが認められる。

(三)  また、<証拠>によれば、会社が販売その他のため別会社を利用するのは、その別会社に強力な販売力があるとか、あるいは技術力、資金力があるという場合であるのが通例であるのに、新東鋼業は右いずれの条件も満たしていないこと、何んらかの事情でいわゆるトンネル会社を利用する場合は、その会社の利益は会社の維持経費程度にとどめ、その他の利益はその会社を利用する会社に還元する方法を講ずべきであり、その方法として、親会社の一〇〇パーセント出資による子会社にするか、場合によつては、同じ株主構成をとる会社によるのが通例であることが認められる。

(四)  右各事実を前提に検討するに、東海圧延が、販路拡大のため別会社を利用する必要があつたとはにわかに考え難く、仮りに、別会社を利用する場合でも、ある特定の会社に格別の販売力がある場合などその会社を是非利用しなければならない場合を除いて、その別会社は、東海圧延の利益を害しないように、東海圧延に利益が還元されるべき方法が講じられている会社を利用すべきであつた。しかるに、新東鋼業自体には、特に有力な販売力、資金力があつたわけではないことからすると、東海圧延が販路拡大のため、新東鋼業を利用する合理的理由は認められないから、販路拡大の名のもとに同社に対して、継続的に廉価販売をすることは不当であり、被告のこの点に関する主張は採用できない。

2  次に、被告は東海圧延の製品には相当率の二級品がでたが、これを新東鋼業を通じて処理し、一級品の値崩れを防いでいたのであり、二級品は、一級品に比べ価格は安いから、そのため、新東鋼業に対する販売価格が全体的に安価になつたのであつて、一級品については同社に対しても正当な単価で販売していた旨主張する。

(一)  <証拠>によれば、東海圧延の製品に二級品が出る理由としては、原料のインゴットの成分の不良から生じる場合、圧延するロールの途中できずがついたり曲つたり予定のものよりも口径が細くなることにより生じる場合、不需要期に三、四か月製品を野積みしたままのとき錆びて生じる場合の三種類があること、右二級品は主に新東鋼業に販売し、同社から取引先を通じて地方へ売り捌いていたこと、昭和四八年二月に、今まで東海圧延が直売していた岡分鋼機、川鉄商事、日商岩井の各販売先が新東鋼業を通じての販売に代わつたが、これらの販売先には、一級品しか販売しておらず、二級品は、三重県伊勢市にある三東鋼材株式会社、滋賀県草津市にある東陽鋼材株式会社などに販売していたことがそれぞれ認められる。

(二)  しかしながら、一方で、<証拠>によれば、原料の不良品による二級品、圧延の過程中に生じる二級品はそれほど多量に発生していたとは見受けられないこと、東海圧延は昭和五〇年一〇月にはJIS工場の認可を受けていること、本件取引期間中は、需要がひつ迫していた時期であり、丸棒は、長期間野積みされることもなく販売できたこと、東海圧延においては、二級品と一級品の帳簿上の区別をしておらず、二級品と表示して販売するわけではないから、その区別は結局価格の点にあるのみであるが、二級品においても、どの程度低廉になるかはばらつきがあり、特に需要の活発であつた本件取引期間中は、二級品も一級品並みに売れることがあつたことが認められ、<証拠>によれば二級品の主な販売先である東陽鋼材、三東鋼材に対する月平均販売価格と一級品の販売先である岡谷鋼機、川鉄商事、日商岩井に対するそれを比較すると、ほぼ同様であつて差がないこと、右岡谷鋼機他二社の取引が始まつた昭和四八年二月以降、同三社に、弁論の全趣旨により一級品を販売していたと推認される安宅産業、トーメン、丸紅を加えた各販売先へ販売した丸棒の数量、売上高は、合計するといずれも新東鋼業のそれの過半数を占め、多くは七〇パーセントから八〇パーセント台に達していることがそれぞれ認められる。

(三)  以上の事実を総合すれば、少なくとも本件取引期間中においては、東海圧延において多量の二級品は生じていなかつたこと、また、その価格も一級品に比べそれ程低くない価格で販売できたことを推認できる。従つて、新東鋼業に二級品も販売していることが原因で東海圧延の新東鋼業に対する月別平均販売価格が、訴外七社に対するそれに比べて低廉になつたと認めることはできない。右認定に反する証人多賀の証言中二級品が東海圧延の製品全体の一〇パーセントから二〇パーセントに及ぶとの部分はにわかに信用できない。

(四)  してみると、新東鋼業に対して二級品も販売していたために、同社に対する販売価格が低廉となつたとし、廉価販売の合理性を強調する被告の主張も理由がない。

3  勿論、廉価販売が原則として会社に損害を与える行為であるとしても、会社の(代表)取締役は、企業の責任者として、長期的にはこれが会社の維持発展につながるという経営上の理由があるならば、短期的には会社に不利益が生ずることがあつても、その裁量に基づき、敢えて特定の取引先に対し他の取引先に比べ安価に製品を販売することも許される場合があり、右合理的理由に基づく廉価販売であれば、取締役の右職務の遂行を非難することはできず、それはまた終局的には不当廉売とは評価できないことになるのであるが、以上認定判断してきたように、被告の主張するところによつては、東海圧延の新東鋼業に対する廉価販売についてはこれを是認するべき合理的理由を見出すことはできないところであり、他に本件全証拠によつても、これを止むを得ないとする情況を窺うことはできない。

結局、東海圧延(具体的には販売責任者である業務担当部長多賀)が正当な理由なしに新東鋼業に対し、丸棒を廉価で販売していたことを代表取締役である被告は容認放置していたのであるから、右行為は取締役として不当な職務執行であつたことは明らかなところである。そして、東海圧延は、新東鋼業に対する右不当な廉価販売により東海圧延が本来正当な価格で販売していたならば得られたであろう利益を逸失し、損害を蒙つたのであるから、被告は右損害を東海圧延に対し賠償する責任がある。

五東海圧延のうけた損害

1  <証拠>によれば、本件取引期間中、丸棒の需要はひつ迫し、相場は全体的に値上り傾向を示していたことが認められるから、東海圧延が本件取引期間中、訴外七社に比べ新東鋼業に対し廉価販売をしていなければ、東海圧延は他の取引先に対し、訴外七社と同等の販売価格で売却できたと推認でき、その差額は、原則として、本来東海圧延が得べかりし利益であつて、被告が不当にも多賀の新東鋼業への廉価販売を容認放置したために生じた損害である。

そして、その損害額を算定するにあたつては、本件全証拠によつても新東鋼業と異なり被告個人と特殊な利害関係を有しているとは認められない訴外七社への本件取引期間中の販売価格を基準にするのが合理的であると認められるので、以下これに基づいて判断する。

2  相場商品である丸棒は、日々価格が変動するものであるが、ただ日毎に高騰下落が目まぐるしく変るというものではなく、月毎ないしはそれに近い単位で上昇あるいは下落という一定の傾向をもつて変動することの多いことが<証拠>によつて認められ、かつ、前記のとおり、本件取引期間中が需要のひつ迫した時期であることを勘案すると、東海圧延としては、当該期間中新東鋼業へ販売した丸棒をその販売日と同日ないしは近接した日における訴外七社への販売最低価格と同額ないしはそれ以上の価格で販売することができたであろう蓋然性が極めて高いと考えられる。そこで、訴外七社への販売価格中の最低価格と新東鋼業への販売価格を日別に比較し、その差額に数量を乗じると、双方への販売価格の差の総額が算出できる。そして、<証拠>によると、その総額は金九四三二万七〇二五円となることが認められ、東海圧延は少なくとも右金額の利益を失い、損害をこうむつたことが認められるところである。なお、甲第三三号証では、新東鋼業への取引日に、訴外七社への取引がないときはそれに最も近い日の最低単価を比較の基礎とし、かつ最も近い日が一〇日以上離れた場合は当該取引を計算から除外して差額を算出しているが、丸棒が相場商品であるとはいえ、その価格変動の状況が先に認定のとおりであることからして、この算出方法はあながち不合理な方法とはいえずこれを是認できる。なお、前掲証拠によれば、甲第三二、第三三号証においては新東鋼業の販売価格が、訴外七社に対する販売価格のうちの最低価格に対して高額であつた場合については、差額を合計する際に、マイナス分として合計額から減じてあることも認められるから、前記認定額と計算の一致する逸失利益表(三)に関し、新東鋼業へ販売した丸棒の単価の方が訴外七社に対するそれよりも高額である販売は逸失利益表から除外してあつて不当であるとの被告の主張は理由がない。

3  原告はこの損害額として、(イ)請求原因五(一)の計算方法による金二億五四七二万一五五八円を、予備的に(ロ)請求原因五(二)の計算方法による金二億一三三九万五〇八三円を主張する。しかし(イ)の計算方法については、丸棒の価格が比較的短かい期間で変動する相場商品であるから、新東鋼業に販売された各丸棒の販売日が訴外七社のそれに一致するか、近接した日でなければ、その比較は意味がなく、従つて、訴外七社に対する月々の平均単価以上で常に販売できたという保証のないことは明らかであるから、月別、品名別平均単価と新東鋼業に対するそれを単純に比較し、その差額に販売量を乗じたものを直ちに東海圧延の逸失利益とみることはできない。また、(ロ)の計算方法、即ち、訴外七社に対する販売価格のうち第二順位の最低価格と、新東鋼業に対する販売価格を日別に比較し、その差額に数量を乗ずれば、対比する数字が同日ないしはそれに近い日に販売された価格であるだけに(イ)の計算方法に比べ、余程逸失利益の実際額に近似してくると考えられるとはいえ、右第二順位の価格をもつて、相場における実勢価格であるとする証拠もないから、新東鋼業に対し平均的に右第二順位の数字と同額か、それを上まわる額で売却できた筈であるとは断定し難いところである。たしかに、<証拠>によれば、本件取引期間中、丸棒の価格は全体的に値上り傾向を示していたとはいえ、常に値上りしていたわけではなく、値上り期間中に納期遅れの商品が帳簿に記載されると異常に低廉になることは十分考えられ、その意味で右第二順位の価格をとることはそれなりに理由があるとはいうものの、本件取引期間中の訴外七社に対する販売価格のうち第一順位の最低価格のすべてまたはその殆んどが納期遅れの商品の価格であると認めるに足りる証拠がない以上、本件損害額の算定方法として右第二順位の販売価格を基準とすることは適当ではない。

六請求原因6の事実<編注、原告が東海圧延に対して被告に対する損害賠償請求訴訟を提起するよう求めたが、同社は三〇日を経過するも訴えを提起しなかつたこと>は当事者間に争いがなく、請求原因1については理由欄冒頭に記載のとおりであるから、原告の本訴提起は適法である。

七なお、原告は自己取引に基づく損害賠償の請求に併せ、被告が東海圧延の取締役として、故意過失によりその職務を懈怠したとして、それに基づく損害賠償も請求していると解されるが、両請求は競合関係にあつて、これ迄に説示のとおり、前者につきその一部が肯認されるところ、後者については、たとえこれが認められるとしても、東海圧延のうけた損害額は、その請求内容からして当然前者と同一額となるべきものであるから、前記認定額以上の損害を認容する余地はなく、そこで後者の請求については判断しないこととする。

八結論

以上判断のとおりであつて、被告は東海圧延に対し損害賠償として金九四三二万七〇二五円及びこれに対する被告への訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五一年二月一三日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、本訴請求を右の限度で正当として認容することとし、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用し、仮執行宣言の申立については相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(宮本増 森本翅充 彦坂孝孔)

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